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北海道2019!令和なる北の大地で母娘男旅総決算 [プチお知らせ/日々の小ネタ]

さて、いつの頃からか「母娘男旅と名付けられた、ワタシが我が娘・満咲を伴って赴く(主として夏季に実施する)旅行シリーズも、ずいぶんと回が重ねられてきました。

当ブログ内で「男旅」の呼称を用いて詳報がまとめられているだけでもけっこうな回数です…








※2018年度実施分に相当するのは「豊岡市にて職員研修をしました」にあるとおり兵庫県豊岡市での講演への帯同なのですが、じつはこの年に北海道へ行くプランは練ってはいたのです。
が、大学生となった満咲のバイトのスケジュールやらなにやらで実現が困難に…。
で、フタを開けてみれば2018年の9月上旬たるや、現地・北海道は胆振地震で大混乱、大阪はといえば台風で関西空港が水没。もしも北海道旅行を実施していたら巻き込まれてタイヘンだった形です。
結果的にはなるべくして2019年度実施に落ち着いたと言えるかもしれません。


……が、

元はと言えば満咲が年長組だった2005年に「保育園がお盆で休園やけど相方は仕事、なのでワシとミサキで遊びに出かけるとして、そろそろだいぶ大きくなってきたし、宿泊を伴う旅行でもイイか」となったのが発端。

したがって、今年は15年目だということになります。

そんな節目ですから、いわばここまでの総決算として相応しい今年の行き先はとなると、そう、やはり北海道でしょう。

まだ(2人揃っては)見ぬ北の大地にも、すでに令和の時代が訪れている今、満咲が9月になお夏休みが続く大学生という身分ゆえにハイシーズンも避けられるメリットを活かすには、最適な選択肢です。

ということで、2019年9月上旬、私達親子を乗せた飛行機が北の大地へ向けて飛び立つこととなったのです。

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◎壊れていた1994年の夏の幻影を辿る道

かくして千歳空港に降り立った後、レンタカーを借りた私達は道東をめざします。

若いときの一人旅では北海道一周に近いこともしましたが、今はもう体力的にもソレは厳しい;
(「若い男性の一人旅」のときは車中泊などもしたものですが…)
今回は道東方面から行き先を厳選することにしました。
それでもけっこうなハードスケジュールだったりします。

まぁ今は千歳から帯広のほうまで自動車専用道路が通じているのは、たとえ片側1車線区間が大半であっても、やはり助かります。
もう日勝峠もトンネルを抜けるだけノ

で、そんな話を車中で満咲にするうち、思い出すのはその「若い男性の一人旅」として道内をドライブした1994年のこと。

時期的には男性としての人生がいちばん行き詰まって、ワタシが最も壊れていたあたりです。

そんなかつての来訪先と、今回の旅程が交差するポイントは、いくつかありました。


今や世界遺産となった知床。
1994年にも訪れ、ビジターセンターの屋台で売ってたソフトクリームを1人で食べた記憶があります。

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知床五湖の散策には、今ではこのような高架木道が整備されています。
人が自然を踏み荒らさないようにする効果と、人を自然の脅威から守る……具体的には熊に襲われない対策の両方を実現するものでしょう。
背後には知床連山も見えます。

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知床五湖のうちの一湖の遠望。
やはり神秘的に何かを湛えている感。

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こちらは知床半島へ分け入る半ばにあるオシンコシンの滝。
道路からも見えるので、1994年にも運転席から鮮烈に出会った記憶が印象的でした。

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半島を横断する途中の知床峠からは北方領土の国後島も望めます。
案内板を前に通りすがりの男女カップルが仲睦まじいですが、いろいろ壊れていた1994年のワタシならこの光景に対して「リア充爆発しろ」とやさぐれたかもしれません。

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一方、こちらは霧多布岬。
前回来訪時にもクリアに見えた記憶はないのですが、今日も名前の通り霧に霞んでいます。
「キリタップ」は元々アイヌの言葉でしょうが、そこに漢字を充てる際にこのような表記が採用されたのは、現に霧が多い土地柄だったという理由はあるのでしょうね。

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霧多布湿原。琵琶瀬展望台からの眺望です。
圧倒的な自然が迫ってくる、これに1994年当時は多少なりとも癒やされていたかも。

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そして、阿寒湖から足寄に抜ける途中に立ち寄ることになる秘湖・オンネトー。
こういう穴場には来たくなる性分なのは確かなのですが、1994年には何を求めて立ち寄り、ここで雌阿寒岳を見上げて何を思っていたでしょうか。
思えば前回の来訪からは25年、四半世紀を経ていることになります。
あれからワタシにもいろいろありました。
その間、このオンネトーの静かな湖面は、ずっと変わらずここに在ったのだなと思うと、あらためて感慨深く感じましたね。

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◎鉄路の浪漫を追った1986年の軌跡と交差する

さて、ワタシが北海道を訪れたのは1994年ばかりではありません。
大学3年生だった1986年の夏休みには、周遊券を駆使した道内鉄道乗り倒し旅行を実行しています
(当時は出発地から周遊エリアまでの行き帰りが割引になり周遊エリア内は乗り降り自由で特急と急行の自由席も追加料金不要な「周遊券」が発売されていて、このうちの《北海道ワイド周遊券》を利用したのです)。

翌春に分割民営化されてJRとなる前の国鉄最後の夏、北の鉄路にはたして何を見ていたのでしょうか。

そんなかつての乗り鉄の軌跡と、今回の旅程が出会うポイントは、やはりいくつかありました。

その筆頭が遠軽。

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遠軽と言えばフツーの観光客は今では太陽の丘えんがる公園を訪れるのが鉄板でしょう。
ここのコスモス園は有名だということで、ちょうど実際にコスモスが見頃でした。

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あるいは、遠軽のランドマークともなっている、こちら瞰望岩は、町のアイデンティティになっているとも言えるようです。

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そんな遠軽ですが、1986年のワタシは札幌で乗った特急列車を、ここで降りて普通車に乗り換えていたはずなのです。
おそらく湧別~紋別~興部と経由して名寄へ回る算段だったんじゃないでしょうか。

つまりは、この遠軽駅、そういうちょっとした路線の結節点であり、重要な拠点駅であったわけです。

しかし時は流れてローカル線は廃止。
現在では「本線」が無駄にスイッチバックする謎の線形の駅だとも言えなくはありません。

ただ、よく見ると現在の駅の裏手には妙に広い土地が広がっているのは、往時には必要だった操車スペースの名残だと言えるでしょう。
※厳密にはJRの敷地内に立ち入ってしまっていると推察されますが、特に境界の表示も物理的な制限もなく、慎重に状況を見極めじゅうぶんな配慮のもとで撮影しています

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機関車の転車台も残っています。
もう使わないはずなのに、わりと状態が良いのは、それなりにメンテナンスされているのでしょうか。

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駅の北のほうにもなにがしかの施設が今も配置され稼働しているようです。

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そんなこんなで、若き日の鉄旅に思いが馳せられることを禁じえない遠軽駅でした。

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上川駅は1986年には乗ったまま通過しただけなはずですが…

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しかしホーム脇にはコスコスも揺れて、味わい深い趣は他所に引けを取りません。

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そうして新得駅。
列車が夜の狩勝峠をやっとこさ越えてようやく到着したのがこの新得……という記憶があります。
そのときその列車はここが終着で、たしか深夜の3時間ほど、釧路のほうへ向かうための夜行列車をこの駅の待合室で待ったことが印象に残っています。
おそらく根室本線の普通列車から石勝線経由の夜行急行への乗り換えだったのでしょう。

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そんな新得駅の待合室。改築・改装されているのでしょう。当時の面影はイマイチ見いだせないです。

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ちなみに1986年の乗り倒し旅行、ガチで夜中の駅で難渋したのはココ新得ではなく、北西の海岸を行く羽幌線が宗谷本線に合流した幌延駅なんですねぇ。

早朝の稚内に到着する夜行急行を待つ予定だったものの、いわゆる終電から始発までの数時間の間は駅は閉まるということで待合室からも追い出され、そして宿直の駅員さんの厚意で貸してもらった毛布にくるまって駅舎の軒下で野宿することになったのです。
なんか冷たい雨が降る夜でした。
まぁ「若い男性の一人旅」ならではの思い出ですナ;

もっとも今回はそっち方面は行かないので、その話は満咲には話して聞かせるだけだったのですが。

あと、まずもって青函連絡船から北海道に上陸した後(1986年の夏にはまだ青函トンネルは未開業)、函館駅から函館本線の小樽まわりの夜行普通列車で札幌をめざした際、4人がけのボックス席が全員とも同じような乗り鉄な旅行中の学生で、男女織り交ぜてすぐ打ち解けて語り明かした……といったエピソードも紹介したところ、「なんかエエ感じやなぁ」とも。

……古き良き昔話ですナ


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そうこうするうちにやってきたのは、釧網本線の北浜駅。

南森町と堺筋本町の間ではなく、淀屋橋と天満橋の間でもない、文字どおりの北の浜辺の駅でございますノ
1986年には網走を目指す列車に乗って通過したはずです。

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せっかくなので
「北浜駅なうノ」
とでもツイッターにつぶやいて
「えっ佐倉さん今、北浜なんですか? 今こっち南森町なんで、お茶でもいかがですかぁ??」
というリプライを釣ろうかなと、じつは事前には画策してたのですが、なにぶん盛り沢山な旅程ゆえに時間に追われてツイッター自体ができず;

あと、この北浜駅、JR的には無人駅になっているのですが、駅舎を利用してカフェが営業しているので、事実上は有人駅となっており、駅舎の活用方法として上手い方策だなぁと、社会学つかいとその娘の社会学つかい見習いの約2名は感心した次第です。

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そうして、やってきました、足寄!
中学から高校時代にはシンガーソングライター松山千春にハマっていたワタシとしては、その本人が自作曲にも歌い込んでいる出身地として意識せざるを得ない土地です。

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もっともこのレトロな駅舎は往時の姿を模して再築されたもの。
現在ではバスターミナルの待合室などの機能を果たしている建物です。

駅舎はその後、一帯の再開発に伴って近代化。
複合施設として、現在では「道の駅 あしょろ銀河ホール21」として運用されています。

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さらに現在では鉄道が廃線となり、その面影はモニュメントとして残されている線路の一部、駅名標、信号灯のみとなっています。
しかたないことではあるのでしょうが、やはり寂しいですね。

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1986年には北見から池田へ乗り通す途中でこの足寄に停車した際、待合室から相応に多くの人が列車へ乗り込んできたのを覚えています。
このアングルには、微かにそのときの面影がありますね。

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というわけで1986年の周遊券で道内乗り倒し旅行は、かなりあっちこっち乗りまわったのですが、しかし乗れてない路線ももちろん少なくないです。
特に「周遊」の効率を考えると、いわゆる盲腸線はどうしても省かざるを得なくなりがち。

そのひとつが士幌線。
帯広駅から十勝三股までを結んでいた路線です。

国鉄分割民営化を前に廃線となったということですが、つまり1986年の夏休みならギリ乗れたんですね~。
今となってはもう永久に乗れないわけなので、無理してでも乗っとけばヨカッタ;

しかし、そんな士幌線の一部が糠平湖畔に遺され、往時の様子を展示する鉄道博物館も整えられています
(正式名称「上士幌町鉄道資料館」。入館料は100円ポッキリ。ぜひ課金して支えたいところですノ 糠平温泉郷にある周辺の自然環境について展示した「ひがし大雪自然館」とはクルマで3分ほどの距離なので、併せて寄るのが良いでしょう)。

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博物館内のパネルには、道内鉄道の廃線計画なども説明されていますが、このうちの「現在の」路線とされている中でも、さらにその後すでに廃止になったところありますよねぇ…。
なかなか難しい問題ですし、かく言う私達も今般は鉄道を利用せずにレンタカーで旅しているわけなので大きなことは言えませんが、なんとかしたいところです。

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◎そうして最果てをきわめる新しい2019年

ということで、今回の旅程が以前に北海道を訪れた際の軌跡と交差するロケーションは多々あったのですが、しかし今はもう時代は令和。
平成生まれの我が娘・満咲とともに旅する21世紀の北の大地に新しい道を究めるのが今回の趣旨でもありましょう。

めざせ、まだ見ぬ約束の地!
極めろ、新たなる最果て!!
今こそ その刻!!!

なので、まずはサロマ湖の東の端、ワッカ原生花園。
広大な自然の中で迎える夕暮れです。
松山千春の『オホーツクの海』という歌を聞いて「オホーツク海に夕日って方角的にあるん??」と思っていたこともあるのですが、なるほどこういうシチュエーションねと実感し、あらためて納得。

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続いて網走近郊の能取岬。
「嵐」出演のCM撮影地ということでジャニオタでもある満咲さんテンションを上げるなど。

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こちらは根室をめざす途上の「道の駅 スワン44ねむろ」。
風蓮湖と春国岱が望めます。
北の大地の自然の息吹がすぐそこに感じられます。
レストハウス内には、野生生物の剥製なども。

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そうして到達しました、北海道本島最東端・納沙布岬!
写真奥の白いのが灯台ですね。
佐倉満咲、納沙布岬に立つノ

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◎標津サーモンパークはいいぞノ

知床から根室方面へ移動する途上では、ちょっとした予定変更が生じたのですが、その結果、立ち寄ることになったのが、こちら「標津サーモンパーク」。

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遊具広場なども備えた公園になっているのですが…

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目玉施設はこちら「標津サーモン科学館」。
サケ類に特化した水族館です。

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大水槽では大きなサケなどがたくさん泳いでいます。

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サケが川を遡上する様子を観察できる水路も。

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他にもいろいろな展示あり。
チョウザメの指パク体験の他にも、写真がないのですがドクターフィッシュの水槽に手を入れて古い角質を食べてもらう体験コーナーもなかなかヨカッタです。

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さらにはコスプレで記念撮影などもできるなど、いろいろ盛りだくさん。サービス満点です。
従業員の皆さんもとても親切でした。

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にもかかわらず入館料は、このテの施設としては破格の610円(大人一般料金)!
しかもJAF会員割引などもあるので、非常に高コスパです。

標津付近へ観光に行く際は、ゼヒこのサーモン科学館を含めた「標津サーモンパーク」を予定に入れましょう。


◎オホーツク人の暮らしを偲ぶ貝塚館

網走では、満咲さんの(パノプティコン方式の実物を見たいなどという社会学つかい見習いらしい)リクエストにより網走監獄博物館なども見学したのですが、網走市内観光全般が現地在住の知人の案内で高効率にておこなわれたため、意外と写真は残ってなかったりします;

そんな中で「モヨロ貝塚館」。
こちらは、いわゆるアイヌが北海道原住民としてメインとなる、そのさらに以前にオホーツク海沿岸一帯に文化圏を築いていたオホーツク人の暮らしの様子を伝える施設となっています。

屋外には、その遺構である竪穴式住居の跡も
(「竪穴式住居」とは言うもののいわゆる縄文時代の遺跡などでよく見かけるやつとは、有意に趣が異なるのがわかります)。

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で、この「モヨロ貝塚館」。
屋内展示には、かつてのオホーツク人のさまざまな暮らしぶりを紹介する一環として、葬儀の様子(の模型展示などとともに)を描いた油絵が掲示されているのですが、コレが良いのです!

これまでの研究でわかっていることをもとにして現代に描かれた想像図なのですが、現代人が抱いている余分な観念が極力入り込まないように配慮されているのです。

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それゆえに………わかりますか? そう、画面に映っている人全員が性別不詳!!
そうですよね。オホーツク人がどういうジェンダー観念だったかは、わからないのですから。

サインによると作者は「ヨシカワ エイチロ」とありますが、なかなかジェンダーセンシティブな行き届き具合です。
検索してもイマイチ情報が出てこないのが残念。


◎恒例v オタク旅w

ところで私達の「母娘男旅」、近年は男旅というよりはオタク旅になっているという指摘も的を射ていなくはない状況ですが、その意味では今般の北海道は、かなり正統派の「男旅」を維持しているのではないでしょうか
(函館に行けば『ラブライブ!サンシャイン!!』、洞爺湖なら『天体のメソッド』の聖地巡礼もできましょうが、今回は行き先から外れていますし;)。

そして、その中にあって唯一「オタク旅」的な要素が、こちら浜中町総合文化センター。
霧多布岬の地元であるこちらですが、「モンキー・パンチ コレクション」と称してルパン三世などの関連展示が常設されているのです。

で、なぜか峰不二子がお気に入りの満咲さんがノリノリで探訪をご所望だったため、予定に組み込むことに。

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なぜココにルパン三世などの展示があるかといえば、じつはこの浜中町が原作者モンキー・パンチ氏の出身地だから。

そしてそのモンキー・パンチ氏、奇しくも今年・2019年の4月に亡くなられたということで、その遺徳を偲んで記帳台も設けられていました。

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ちなみに、この「浜中町総合文化センター」。
こんな田舎の(失礼!)公立施設にしてはものすごくがんばっていて、例えば開館時間も夜10時まで。
コストを考えるとけっこうしんどいはずなのに、そうやって公共施設として矜持を保って使命を果たしているのは、他の公立機関も見習うところがあると言うべきでしょう。

そして、カウンターの一角には情報コーナーが設けられ、いろいろなパンフレットも置かれている中には、DV相談などの案内も。

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こんな田舎の施設(失礼!!)でこのジャンルの情報提供にしっかり取り組んでいるというのは、非常に心強いですし、時代の要請にきちんと応えているとも評価できます。

浜中町総合文化センター、この調子で続けてほしいと願ってやみません。

………もしよかったら、ココで佐倉智美先生の講演とか、あってもイイのですよ?w
(マジで、講師料+交通費等々、応相談ノ)


◎食べる北海道。北の大地の味覚に感謝

そんなこんなで、道東あちらこちらを堪能した北海道旅行2019。
もちろん北の大地の味覚にも舌鼓を打ってきました。

まずは昼前に到着した千歳空港のフードコートで、手始めに松尾ジンギスカン。
満咲さんは卵とじバージョンです。

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食事どき以外の立ち寄り先ではソフトクリームも。
占冠パーキングエリアの臨時屋台で売っていた牛乳ソフトや、知床のビジターセンター売店の こけももソフトは一舐の価値アリだったかも。

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そして十勝で食べるべきは豚丼。
満咲さんはチーズ乗せバージョンです。

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それから上川で立ち寄った、こちら「きよし」のラーメンは、深みがあるのにアッサリした味わいが絶品でした。
JRの上川駅前広場から一筋だけ向こう側にあります。
満咲さんは醤油バター、ワタシは塩ラーメンでしたが、これはもうゼヒ再訪したい。

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網走の監獄博物館に併設されたレストランでは監獄食を模した定食も提供されています。
私達はそこからホッケの定食をチョイス。本場のホッケは肉質も豊潤で美味しかったです。
まぁあくまでも監獄食のイメージを再現した定食なので、実際の刑務所の食事とは異なるとは思われますが、話のタネに一度は食べておくとよいかも。

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「道の駅 スワン44ねむろ」では、根室市民のソウルフード《エスカロップ》もクリア。
鹿肉の竜田揚げ定食も気になったので、1食ずつオーダーして2人でシェアしています。

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あと、スープカレーも流行っているようですね。

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それから満咲が20歳になったということで、居酒屋も解禁。
帯広の肉居酒屋では十勝肉三昧しました。

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お土産も買い込んでしまいました。
マルセイバターサンドは外せませんね;

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こうして、新しい時代の北の大地の旅は、ひとまず幕を閉じました。
ありがとう北海道ノ
いつかまた!

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………なのですが、じつはもうひとつ、ちょっとした事件があったのです。
それについては、ツッコミブログのほうで



◇◇

◇◇



共通テーマ:日記・雑感

新名神高速亀山西四日市JCT間開通で東へ行くのも格段にラクになった [プチお知らせ/日々の小ネタ]

一時期しばしばありました名古屋でヤボ用シリーズ、先日また久しぶりにその機会があり、ちょっとばかし行ってきました。

せっかくなのでランチは少しはりこんで、味噌カツに加えてシャチホコに見立てたエビフライが付いてるやつを平らげてまいりました。

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※「キッチンなごや」にて撮影 許可を得ています


今どきは大阪府北部から名古屋のほうへちょっと行くなら、クルマでひとっ走りするのが概ね最適解と言えます。

新名神高速道路や伊勢湾岸自動車道は走りやすいですし(これらがない時代のトラックがぎゅう詰めで走ってる名神高速を名古屋まで軽自動車で行くのはたしかにちょっとエクストリームな修行・荒行か何か感がありましたが)、名港中央インターチェンジあたりを下りた後、名古屋市南部で安い上限価格のコインパーキングから最寄り駅で地下鉄一日乗車券を買ってパーク&ライドするのは極めて合理的なのです。


そして、その新名神高速道路を名古屋方面へ向かって走るコース。
今春からさらに走りやすくなりました。

新名神高速道路は、まだ未開通区間が全部完成するまでにはしばらくかかる状況ではありますが、昨年2018年は「新名神高速高槻神戸JCT間開通で西へ行くのが格段にラクになった」で書いたとおり、高槻から宝塚の山の手を通る区間が開通し、利便性が高まっています。

加えてこの2019年3月、標題のとおり亀山西~四日市JCT間、すなわち従来の亀山ジャンクションのちょっと手前から伊勢湾岸自動車道へつながる四日市ジャンクションまで直接向かえる新ルートも開通したのです。

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交通情報のマップ表示にも追加されています ※JATICサイトからキャプチャ


コレ以前は亀山JCTまで行った後は、昔からある東名阪自動車道に合流して四日市JCTをめざしていたわけですが、やはりこの区間は昔からある分つくりが古くて走りにくい感じがするところへ、名阪国道を大阪方面から走ってきた車群といっしょになるため交通量も増えて、かなりの圧迫感があったものです。
なので相対的に快適な新名神との落差は禁じ得ず、当該路線の走行は全行程中随一のストレスフルな区間でもあったわけです。

しかも私たちのように朝に名古屋に向かい夕に戻ってくるならまだしも、これの逆方向はよりいっそう交通量が大きく、慢性的な大渋滞と言っても過言ではないくらいの状況でした。

したがって今般の新開通区間の供用は、ながらく待ち望まれていたのでありました。

【参考】
「新名神開通で東名阪道の渋滞が大幅緩和。交通量が約3割減少」トラベルWatch
https://travel.watch.impress.co.jp/docs/news/1176827.html


そんなわけで今回の名古屋往復、絶好の機会なので、かかる亀山西~四日市JCT間を初体験してまいりました。

亀山西JCTが近づくと、従来ルートは左へ流出するような形の車線描示に変更されており、特に意識せずに真っ直ぐ走るとそのまま新開通した新名神区間に誘われるようになっています。

そして新開通区間はコレがもうカンゼンに新名神仕様で、他区間の新名神と同様に非常に走りやすいスムーズなインプレッション!
トンネルも明るく、プレッシャーは低減されたものになっています。

さらに交通量が従来区間と分散しているので、適正に空いていてこれまた非常に快適ではありませんか。

そうこうするうちに、ほどなく四日市JCT。

……………。

当然にこの区間分の距離は時間をかけて運転して通過しないといけないのは事実ですが、これは体感的にはあの東名阪を走るストレス区間の分が「なくなった」みたいなものです。

まさしく名古屋へのドライブが楽勝になった感ノ

ということで皆様、この新名神高速道路の新開通した亀山西~四日市JCT間、適宜活用して遠出をラクにしようではありませんか。


なお、当該区間に新たに設けられた休憩施設として、鈴鹿パーキングエリアがあります。

鈴鹿山脈の南側に位置するロケーションに、大きな売店やフードコートなど用意されており、けっこう賑わっていました。

鈴鹿サーキットの地元ということもあってか、F1マシンが展示されていたりも。

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そしてトイレはやはり今どき仕様でソツがない設計です。

特に、男女別に属さない位置に多機能対応のバリアフリートイレがひとつある他、男女別トイレの各エリア内にも、ほぼ同等機能のバリアフリーブースが複数用意されているのは、じつにさまざまな事情を抱えた人の、その事情の抱え具合に応じた選択可能性を提供するものであって、多様性対応としては、なかなかの成熟した水準だと思います。

しいて言えば、ブースが複数あるのに応じて機能の組み合わせパターンがいくつか分かれており(案内図は「全ブースが《すべての機能、全部盛り》」ではないように読み取れます)、事情の抱え具合に対して最適なブースがどこかは、よく案内を見て選ぶことになるというのが、多少は悩みのタネかもしれません。

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余談ながら大阪北部から新名神で名古屋方面へ向かうときに、最初の休憩ポイントとしてちょうどイイ位置にあるのがこちら甲南パーキングエリア

特に上り線は眺望もひらけていて気分のリフレッシュに好適です。

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でもってこちらの「甲南」、滋賀県甲賀の南部ということで、激しく《忍者》をプッシュしてます。
ニンジャ、ニンジャナンデっ!?

(ところで、龍谷大学瀬田キャンパスや立命館大学びわこ草津キャンパスのノリで、このへんに甲南大学が土地を確保して新キャンパスを作れば『甲南大学甲南キャンパス』を名乗れるのでは!? …字面的にはあたかもいちばん本家のキャンパスっぽい; ※甲南大学の「甲南」は六甲山の南麓の意)

ちなみに帰り道、この甲南PAに夕闇迫る頃に立ち寄ると、裏山の林がマジでなんか忍者が修行でもしてそうな趣があって、これまたエモいんですよ。

 BL190528_DriveE1A-E_09Konan.JPG ※Googleストリートビュー画面からキャプチャ


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共通テーマ:旅行

令和元年の新刊進捗状況 [プチお知らせ/日々の小ネタ]

さて、一昨日にツッコミブログのほうで「平成」の総括的な記事を出したとおり、本日・西暦で言うところの2019年5月1日より元号は「令和」となりました。


まぁソレで何か現実がリセットされるわけではなく、庶民の日常は粛々と続いていくわけですが、それでも昨夜はちょっとした「大晦日」気分がありましたし(実際のところ近年でいちばん近似した気分だったのは西暦2000年の大晦日、すなわち20世紀→21世紀のときだったかも)、こうした改元ブーム(!?)の機会をひとつの節目と捉えて個々人が自己と向き合うのは悪いことではないでしょう。


てなことで皆さま、新時代もヨロシクですノ


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 ※画像は報道画面よりキャプチャ


で、


標題のとおり「新刊」の進捗状況ですね;


ここ数年にわたって原稿執筆が遅れまくっていて、昨年あたりは「なんとか平成のうちに……」などと言ったりもしておりましたが、ご覧のとおり平成は終わったのに新刊刊行には至っておりません。


いや~なかなか手ごわいんです、この原稿(T_T)


はてさて今年中に出せるのか、それても令和2年にズレ込むのか……


というわけで引き続き鋭意取り組みますので、皆さま今しばらくお待ちくださいm(_ _)m



  


…当面はまだ↑平成に出したコレ↑が代表作!?



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2019また新年 [プチお知らせ/日々の小ネタ]

「平成最後の」というフレーズも喧しい、西暦で言うところの 2018 → 2019 の年越しも終わり、新年のお正月気分もかれこれ抜けつつあるタイミング、皆様いかがお過ごしでしょうか。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。


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なお、ここ何年にもわたって、この位置づけの記事で言及されてきた「新刊」ですが、原稿の進捗は「あと少し」というところまで来ています。
……平成のうちに出すのはビミョ~な情勢にはなっておりますが、できれば新元号開始後のなるだけ早い時点でアナウンスできればよいなと思っていますノ



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新名神高速高槻神戸JCT間開通で西へ行くのが格段にラクになった [プチお知らせ/日々の小ネタ]

さて今年度になってからも軽く遠方まで赴く講演の仕事はいくつかあったわけですが、8月の豊岡の帰路(このとき往路は京都縦貫ルートを選んだ)や、10月の西脇への往復、そして11月の淡路島の往復は、従来であれば神戸ジャンクションからは吹田までの中国自動車道を経由するルートより他は現実的な選択肢はなかったわけです。
それゆえにその区間は交通量も多く渋滞も日常的という、なかなかストレスフルでリスキーなドライブにもなりがちでした。

しかし今春、新名神高速道路の高槻~神戸ジャンクション間が開通。
これによって上述の混雑区間をバイパスできるネットワークが出来上がり、選択肢が増えて交通量は分散、利便性が向上すると言われていたわけですが、今般、実際に利用してみると、その効果はソレ以上に体感されるものでした。

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※NEXCO西日本 高速道路ガイドマップ関西版でも案内されています


まず高槻にインターチェンジが出来たのが、思いのほか重要なポイントです。
日常的に立ち回るエリアからひょいと坂を登ったところにもう高速の出入り口がある。いわばそこからいきなりもう非日常の旅に入れるというのは、「高速に乗るまでが大変」な環境に対する大きなアドバンテージではないでしょうか。
帰りだって高速を降りたらもう高槻だというのは、かなり気がラクというものです
(まぁたしかに何かの用事で遠方から高槻をめざして来た人がアソコで高速を下ろされて「はい高槻に到着したでござ~い!」と言われてもビミョ~に困るような山の上の辺鄙な位置にあるっちゃーそうですが;)

※そもそもかつては名神高速道路は茨木から京都南まで出入り口がなく、その間の地域住民にはなかなか敷居が高かったものです。2003年の大山崎インターチェンジに続いて今般の高槻IC誕生は、そのあたりの改善に資するものとなりましょう


で、高槻ICを入った後、神戸JCTまで走るのも快適です。
大阪市内方面などへの用事がある車両は依然として従来ルートを通るため、通過交通が主体のこちらのルートは相対的に空いていて、かつ最新鋭の設計の道路構造はアップダウンも少なく、すこぶる走りやすい。
実際、運転していてあまり疲れない
これは助かりますね。

そうして長いトンネルをいくつか抜けて行くとほどなく神戸JCT。
いゃ~これはスゴイ。
吹田・宝塚経由と比べるとマジ格段にラクです。


帰路も同様で、山陽自動車道からそのまま真っすぐ進めば新名神で、あとは音楽が何曲かかかっている間に高槻の街の灯が見えてくるわけです。
あぁ、もうこれで中国自動車道・西宮山口から宝塚までの坂下りをしなくてもよくなったのか!
実際アレはまるで何かの罰ゲームのような地獄感があったものです(あちらのルートもまた新名神開通によって交通量が減った分、そうしたことが減衰されて走りやすくなっているのではないでしょうか)


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あと、サービスエリア・パーキングエリアの類ですが、従来ルートの中国道・西宮名塩SAに照応するポジションにあるのが、こちら宝塚北SAです。

西宮名塩は上述した「坂」の途中で、出入りの難度が高かったのに加えて、このあたりはSA・PA過疎地帯ということもあっていつも混雑して利用しにくかったのに比べると、こちらは出入りもしやすく、混雑度もトータルでエリアが増えために下がったのではないでしょうか。

施設も充実していて、食事やお土産の購入にも困らない。
トイレも盤石で、数のうえでも設備や清潔感などの質の面でも、今どきの要求水準のかなり上を満たしています。


◎念のため注釈しとくとトイレ等々のレポートは「女性」の利用を念頭に置いています(「女性」として「女性」用を利用したことを元に記述しています)。


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さらに旧来は西宮名塩を出ると桂川までパーキングエリアがなかったところを、新名神だと茨木千提寺PAも存在しているのは地味に利便性を高めているでしょう。

売店などはないですが、自販機や情報ディスプレイがある簡便な休憩コーナーは明るく安心感があるつくりになっています。
トイレも数・設備・清潔感などについて今どきの要求水準に照らして必要十分以上なのは、宝塚北SAと同様ですね。

高槻IC直近のSA・PAでもあるので、家を出て最初の/家に帰る前の最後の、それぞれ高速道路上のトイレ休憩施設としても重宝しそうです。

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というわけで2018年、開通した新名神高速道路・高槻~神戸ジャンクション間はぜひ有効に活用して、ドライブを快適にしていきたいところです。


しいて言えば、従来は西のほうへ遠出する際は、中国自動車道吹田料金所付近を万博記念公園の太陽の塔を横目に通過することが、なんというか気分を切り替えるというか、旅行に出かけるというテンションを上げるための、ある種の儀式として機能していた(その原体験はおそらく中学の修学旅行のとき、山陰方面へ向かうバスが此処を通過した瞬間が印象的に記憶されていること)、アレがもうなくなるのかと思うとちょっと寂しいかもしれませんね。

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運転免許の更新に行ってきた [プチお知らせ/日々の小ネタ]

6月下旬が誕生日(『女子高生になれなかった少年』や『女が少年だったころ』にて公開されている公式情報;)であるワタシが今年のこの時期におこなうべきタスクであった「運転免許の更新に行く」が、先日無事にミッションクリアされました。

いゃぁもっと早く行こうと思ってるうちに6月も後半になってしまい、さらに「今週中に行こう」と思った週の初っ端には例の震度6弱の大阪府北部地震が起きてしまったりして、ちょっと延び延びになっちゃってたのです。


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で、ゴールド免許なので5年ぶりなのですが、いつも基準ギリギリなので最大の山場となる視力検査、今回もなんとかメガネなしで合格し、あとはフツーの流れに沿ってつつがなく新しい免許証がゲットできました。

……写真は前回のやつのほうが写りはヨカッタかなぁ;


ちなみに女性の姿で免許更新に行くのは、もはやすでに6回目。

う゛~ん、慣れたものです。いやはや(^^ゞ

てか、数えてみると、もう運転免許の手続きの半分近くが、あまつさえ免許の取得のときを除いて「更新」に限れば過半が女性モードで運転免許センターを訪れている勘定になるので、いゃはやワタシのトランスジェンダー生活も、すっかり長くなってしまいましたね。


なお、女性の姿での免許更新のエピソードは、2002年の機会について明るいトランスジェンダー生活に詳しく、その中に1999年に女性の姿で初めて行った際のレポートも含められているのですが、状況は基本的に当時と変わっていない………というか、当時からすでにけっこうな配慮が行き届いていたということになります。

職員の人が特段にビックリするようなこともなく、名前を呼ばれるときも、男性らしい名前を呼ばれて立ち上がった人がキレイな女の人だ、ということがないように、男女織り交ぜて何人かまとめて呼ぶようになっていましたが、そのへんの取り扱いのナチュラルさは、この2018年に来てさらに洗練されているような気がします。

たしかに「気がします」のは、あくまでもすっかり慣れきってしまったワタシの主観かもしれませんが、さりとて「LGBT」についての周知度合いはこの20年間で大幅に上がっていることもまた否定できません。

職員の研修の水準も深化しているでしょうし、例えば周りの同じく免許更新に来ている他の人たちだって、もし事情が窺えてしまうような何かが起きたとしてもアッサリ「あぁ、なんかLGBTのひとがおんねんナ」で済んでしまう割合は劇的に向上している、少なくともそんなふうに推定できることで、かなり気がラクなのはまちがいありません。

ということで、免許更新の際に「性別」にかんする事象があるとすると、最初のほうで書く書類に1ヶ所[男女]二択の性別欄があることのみでしょうか。
まぁソコはしれっと戸籍上の情報に基づいたほうにマルをつけとけばよろしノ


そんなわけで今般のワタシの運転免許更新は遅滞なくとりおこなわれたわけですが、このように運転免許センターはトランスジェンダーが行くことについて、殊更にモンダイが起きる場所にはなっていません。

やはり【性別欄がない】運転免許証は、トランスジェンダーにとっては生活のあちこちの場面で本人確認書類として重宝することこの上ないものです
(そう、運転免許証自体には記載事項に「性別」はないのです!)

まだ運転免許を持っていないトランスジェンダーの人は、この観点から免許取得を検討してみてはいかがでしょうか。

原付免許などが手軽に取れるといえば手軽ですが、やはり普通免許があったほうがいろいろ便利な局面は多いかもしれません
(ちなみにワタシのは昔に取った「普通」免許だったので、今は制度変更にともなって自動的に限定つきの「中型」になっとりますです)

ただ一説によると、運転は一切しない・性別欄なしの身分証だけ欲しいというニーズから手軽さを追求するなら、安全実技講習がある原付よりも、試験の難易度は変わらない「小特」、すなわちトラクターなどを運転するための小型特殊自動車免許が最善だとか?
コレなら学校が「三ない運動」をしている高校生でも取れたりするのでしょうか。

いずれにせよ、免許・資格はたくさん持っていても邪魔になるものではありません。
チャレ~ンジ!


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余談1

門真市にある大阪府の運転免許試験場への最寄り駅・京阪電車の古川橋の駅前にあったダイエーのショッピングセンター、「イオン化がいちじるしい」どころではなく、完全にイオンになってました;

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余談2

途中にある京阪電車の萱島駅。
ホームを貫いてクスノキが生えている駅として有名です
(隣接していた神社のご神木が、高架化工事にともなって伐採される計画だったのが変更されて、このような共生する設計になったもの)。

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